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ベンタケマーダの光と影 〜 影編




さて、今回はベンタケマーダの祭りのことを書いていこうと思う。

先に言っておくが、今投稿では暗い話になるので、鬱な話が嫌な人は飛ばすようお願いします。


ここに長期宿泊させてもらっていたのはこの祭りを楽しむためだったのだが、結末を言ってしまうと祭りは全然楽しめなかった。

それはいくつかの事柄が起因している。

自分がジョンの家にお邪魔する約1週間前に、ジョンは白い野犬を拾った。

喉に病気を持って弱っていたその犬は日本語から「ギン」と名付け、愛玩犬になるように可愛がり躾けながら育てていた。

ギンは時々玄関から部屋に侵入しては室内を荒らした。

その何回目かに、自分が持っていた本を食い散らかされた。

ブラジルへ届けるつもりの本は奇跡的に無事だったが、それ以外はほとんどが噛まれ破かれ、そのうち2冊は読める状態ではなくなっていた。

ジョンはamazonで弁償すると言ってくれたが、こちらとしては大事な本は無事だったし、特にそこまで気にしていなかった。

それに、ここに泊まらせてもらいご馳走にまでなっている恩もあり、それについて少し罪悪感も感じていたので、これくらいどうってことないと思えたのだった。

ただギンには不信感と嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

所有物を不意にされた気持ちは、ものを盗まれた時に似ていた。

こちらの誠意を踏みにじられたような感覚。

ギンにはもうあまり優しくしてやらないと決めた。

コロンビアの文化は自分には少し合わなかった。

少なくても今の自分には。

ジョンは知り合いに会うと必ず立ち止まり、挨拶をしてしばらく立ち話をする。

そのときにこちらを紹介してくれ、相手の言葉を日本語に訳してくれた。

最初はニコニコとやりすごせていたが、知らない人とたくさん触れ合うことに慣れていない自分は知らないうちにストレスを抱えていた。

それに加え、ジョンは日本語に訳す時にスマホの辞書で調べては話し調べては話しするので、友人との会話に3分4分と間を置くことになってしまっていた。

それが申し訳なかった。

祭りの日になり、またジョンが友人と話をしに道の脇へと寄って行った。

疲れていたのだろう、それに突然我慢ができなくなり、少し遠くからこちらの話を出してくれているのを耳にしながらそれを無視してジョンを置いていき、好き勝手に歩き回ってそこから離れた。

見つかる程度の距離しか離れなかったが、ジョンにはそれでこちらの気持ちが伝わったようだった。

ジョンはあとでちょっと残念そうに

人と会うのが好きじゃないんだね

とだけ言った。

祭りの初日の夜。

オーディオカーという、後ろにオーディオをつけて爆音をならしながら運転をしパフォーマンスするというなんだかよくわからないショーを見に行った。

観客の拍手で勝敗を決めるのだと言うが、どのように勝敗を決めているのか、その判定もよくわからず、本当になんだかよくわからないものだった。

彼女とその家族たちと一緒に見に行ったのだが、そこでジョンは彼らを途中で置いて、向こう側の客席の別の人のところに行ってしまったのだ。

彼女がかわいそうだし、その行為は彼女に対し誠実さのかけらもない。

もしかしたら自分がいるからなのかもしれない、と思った。

楽しませようとして楽しく浮かれ騒ぐ友達のほうへ連れて行ってくれたのかもしれない。

本当はそうではない(もしくは、自分以外にも原因がある)のだということを聞かされたのだが、ただ、自分が邪魔者のように感じてしかたがなかった。

ジョンは色々なものを見せてくれ、たくさんの人と会わせてくれてとっても楽しかったのだが、毎日のそれらはここに慣れない自分にとって目まぐるしい毎日となった。

体力と精神力を削り去られていくのに時間はかからなかった。

祭りの日にはすでに疲弊してしまっていた。

ジョンは優しく楽しく明るく毎日接してくれたのだが、自分はそれに付いていけなくなっていった。

トゥルメケに連れて行ってくれた時はとても楽しかった。

その夜、疲れていたが祭りへダンスをしにいくことになっていた。

外は雨が降り続いている。

ここへ来た当初、祭りの日までいるのは断っていた。

それまでにはずいぶん日にちが空いているし、「ダンスをみんなで楽しむ」という言葉が引っかかってた。

自分はダンスなどしたことがないしできない。

彼は「その日までにダンスの練習をしよう」と言ってくれたこととその押しの強さでここに留まることにしたのだが、結局当日まで教えてくれることはなかった。

そして会場で彼の恋人と雨の中待たされ、言葉の通じないその彼女とずっと待つこととなった。

全然来ないことに苛立ち、もしスペイン語ができてダンスもうまければ、

「先に踊っていよう」

とかそういった気の聞いたセリフが言えるのに、と考えていた。

どんなに待っても来ないので辛抱できず、彼女に向こうへ行ってよう、とジェスチャーで伝える。

が、彼女はもう少し待ってみようと言う。

イライラが限界まで来ていたので、もう知らん! と一人で前へ出ていき、まわりの踊っている人達の見よう見まねで踊りのまねごとをしてみたり、それがつまらないとわかるとステージの近くへと進みよってみたりした。

その途中でジョンがこちらへ来て引き止め、戻されてしまった。

ここでは一人で踊るのはおかしなことなんだそうな。

別にそんなことどうだっていいのに。

そして「彼女がどこかへ行ったからここで待っていよう」とのたまう。

すぐ近くにいるのにどうして探しにいかないのか。

この時の自分は雨に濡れてハイになっていたのもあり、腹が立ってしかたがなかった。

そして雨があがるまで人がギュウギュウにつまったタープの下でジッとしていることになった。

人がたくさん集まるのが苦手な自分はストレスがマッハ。

雨が上がり仲間も集まったので さてダンスをしましょう となったが、自分は踊り方がわからない。

ジョンの恋人に教えてもらったが、そんな土壇場でおそわっても踊れるわけもなく、非常につまらない。

彼らといること自体、このときは苦痛でしかたがなかった。

できるだけ怒ったようにならないよう、酔った振りをしながら、

「疲れたから帰る」

とだけ言って一人部屋に戻った。

部屋に戻って数分後、ジョンはこちらを気遣い戻ってきたようだった。

しかしジョン一人楽しめないのは忍びないので、こちらは気にせず遊びにいっておいでと送りだした。

ジョンは

ダンスを教えなくてごめん

と謝ってくれたが、それに「そんなことない」と返すことができなかった。

次の日から、ジョンの誘いにあまり乗り気になれなくなった。

外へ出る元気が出ない。

ジョンのほうもかなりストレスが溜まっていたことだろう。

しかしそれを出さないよう陽気に振る舞ってくれていたので、2人は最悪の空気にならずにすんだ。

昼、家に帰ってくると、ギンが今度は自分の靴をボロボロにしていた。

靴ひもを引きちぎり、靴を毛だらけにした。

それがこのときはすでに許せなくなっていた。

冗談話に変えようとジョンは笑うが、それが返って癪にさわる。

紐を付けたほうがいい、と翻訳サイトを介して言うが、ジョンはそれはダメだと言う。

日本とは躾け方が違うようだ。

ギンがちゃんと理解するまで我慢するしかないということだった。

それが許せなかった。

泊めてもらっているうえにとても気を使ってくれているのはわかる、しかしそのときはそんな精神状態じゃなくなっていた。

こんな自分を酷い奴だと思うだろう。

酷い奴だ。

でも、どうしようもないではないか。

この町で英語を教えているクララさんに会ったのも、ジョンと自分の距離を離す一因となってしまった。

ジョンが日本語で話しても伝わらない言葉を何度かクララさんに英語に直して通訳してもらったのだ。

ジョンと自分の一番のつながりというのは、この町で自分と会話できるのがジョンだけだということだった。

それが断ち切れた。

ジョンはもともと日本に興味があり、おそらく日本が好きで日本語の勉強にもなるから自分を招待してくれたのだと思うので、そんなことジョン本人は気にしていなかったかもしれない。

でも自分はこのとき、そんな2人に溝ができたように感じた。

被害妄想かもしれないが、そんな気がして仕方がなかった。

もうここにはいられない、と思った。

早くここを出なければ。

祭りが終わる日に自分は出発することを伝えた。

ジョンはしばらくなにか言いよどんでいたが、わかった、とだけ言った。

ここに来てすぐ、ジョンに

「3月になったら休みに入るから、僕の家族と一緒にカルタヘナに遊びに行こうよ」

と誘われていた。

こちらはやんわり断ったが、そのことが頭にあった。

この「わかった」は、つまりそういうことだ。

きっとジョンは自分がイヤになったのだろう。そう考えてしまった。

そう考えたほうが区切りがついた、というのが本当かもしれない。

次の日、この町を去ることになった。

__________

と、悲劇的に書きましたが、まあ、とってもいい思い出になりましたね。

全部本当のことですがね。

ジョンがどう思っていたのかは最後までわからないし、それについてちょっと申し訳なく思っています。

もっと楽しくさせてあげられたのかもしれないと思うと残念でなりませんが、あのときの状態はもうどうしようもなかった。

これがコミュ障と自負している由縁であります。

やっぱり人付き合いって苦手だなぁ。

辛くなっていくんだもん。

でもみんないい人だったし、実際楽しかったのは事実です。

ただしギン、おまえはゆるさん!!




以下、祭りの写真です。



日本と同じようにりんご飴が売っている。



日本と同じような屋台の光景。



日本と同じようにカラーひよこも売っている



日本と同じようにチョコファウンテンが・・・あれ?



チョコエッグが売られていた。懐かしい。



これがよくわからなかったオーディオカーの時の写真。ジョンの友達のお母さんはこれが嫌いだと言っていたので、皆が皆楽しんでいるわけでもないようだ。



打ち上げ花火があがる。


規模は日本の大きくない普通の町の花火大会くらい。



長岡花火とかそういうのとは比べられないが、でも普通に日本と同じような打ち上げ花火だった。
きれいだった。


こんなのもある。


一気に導火線から火がついて、



こんなになりながらクルクルまわりだす。
見応えがあったが、かなり近くでやっているのでちょっと危ない。



花火がすぐそばで上がるので、こういうのがすごい落ちてくる。



ミスコンテスト。ジョン曰く、ここの女性はレベルがあまり高くないとのこと。

寒くないのかなぁ、
と聞いてみたところ、
彼女達は慣れてるから、
という返答。ホントかよ!



祭りの光景1。



祭りの光景2。ステージで演奏している。



祭りの光景3。
人がものすごい。





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