- 2024/11/22
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今のところ自転車でなんとかやりくりしつつ 踏ん張りながら だましだまし 時には励まし合い時には喧嘩もしながら一人で世界を旅行中です。よかったらpart2 現地情報ややってほしいこと、知りたいことなどありましたらコメントかメールにて受付中!
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朝6時に起きる。
が、自転車を見張るため2、3時間おきに外の様子を伺っていたので寝足りなく、2度寝してしまった。
そしてちゃんと起きたのが9時。
喉の痛みがひどくなってしまった。
この時間になっても、ここプラジャブランカには誰もいなかった。
めんどくさそうにテントを片付けて浜辺を出る。
昨日のうちにトタ湖をどっちまわりで帰るのか考えた。
アキタニアのほうから戻って帰るか、それともまだ行ったことのないトタの町から戻るのか。
地図で見るとトタから行ったほうが5kmほど近いらしい。
しかし5km程度だったら、むしろ距離よりも道の状態が重要だ。
下り坂が多いほうが楽に早く進めるし、砂利道があるとスピードが落ちるうえにスリップやパンクの危険性が付きまとう。
トタ方面はそういうダートが続きそうだとも思った。
だが、町がいくつかあることだし、苦難を承知で知らない道をいってみるのも一興か。
せっかくなのでそうすることに決めた。
昨日のラーメン作りで飲み水がなくなったので店を探しながら進む。
いきなりのぼり坂スタート。
その分、その先にはくだりが待っていると思おう。
店はあったが水が高かったので先へ。
あと3kmでトタに着くらしいので、そこまで我慢だ。
’トタ3km’看板のすぐそばで出会ったのは、家の工事をしている人と、その人と話をしているサイクリング服の年配男性。
彼らに手招きされ、生ジュースと乾パンをごちそうになる。
そしてそのサイクリストから一緒に行こうと誘われた。
しばらく一緒に走ることに。
「ここから、湖、バイバイ」
こちらがわかるように、簡単な単語だけで話してくれている。
こういう人は中南米にはなかなかいなくて、大抵は好き勝手に早くしゃべりたくる。
なかなか珍しいことだ。
この人は外国語を学んだことがあるか、あるいは多文化の考え方を理解できる頭のいい人かのどちらかだろう。
彼の話では、ここから湖は見えなくなってしまうらしい。
そして予想通り地面はボッコボコのグラベル、しかも道路工事をしていて通りにくい。
トタの町に着く前に、一緒に走っている彼、カルロスさんが言うには、
ここに私の父の家があるのだけど、寄っていってなにか食べない?
もちろんOKを出した。
朝食を食べていなかったのでこれは嬉しい誘いだ。
道を外れ、奥へ進むと一軒の家があった。
中へ通される。
広い通路があり、右手側にキッチンや茶の間の入口が並び、左手側の窓からは暖かい日が入り込んでいる。
この辺にしては結構高そうな家だ。
中から修道服姿のおばあさんが出てきた。
この家は敬虔なカトリック教徒なのだという。
急遽簡単な食事を出してもらった。
チーズはここで作っているらしく、牛乳の強い香りがしていて噛むたびにキュッキュッと鳴る。
これにグアジャバという果実の砂糖漬けを乗せて一緒に食べるのがエネルギー補給にとてもいい、とカルロスさん。
それとロールパンとココア、それから細切りのピースケーキを出してくれた。
食べ終わると、今度は昼食に誘われる。
昼食を食べたら車でソガモソまで送ってくれるとまで言ってくれた。
なんか最近すごい。
こんなに多くの人にお世話になってしまっていいのだろうか。
他のチャリダーとかバックパッカーって普段からこんななの?
確かに旅のノンフィクションの本では「どこどこの誰々さん家に泊めてもらった」とか「工場を見学させてもらえてそのうえお土産の酒まで頂いた」なんて出来事をよく見たけど、
でもいままでこんなにたくさん支援を受けることはなかった。
あったとしても時々。
もしくは数日間のみ。
いや、それでもすごいことなのだが、このごろはその比ではない。
昼食まで家のまわりの農場を歩き回り野菜や牧草地の説明を受ける。
そして昼ご飯。
ちゃんと食べる前にお祈りしている。
ここまでちゃんとしたキリスト教徒というのは今まで会わなかったので新鮮だった。
↑羊毛かなにかを毛糸にしている様子。これがポンチョになるらしい
↑ネコに小屋を取られてしまっているパコくん
昼がすみ、自転車と荷物を車に積む。
家の人達からお土産にチョコレートとチーズ、そして実をたくさんもらった。
この実、クチュバという名前で、見た目はほおずきの中に入った小さなミニトマトのような形をしているが、味は酸っぱいイチゴに少し酸っぱいみかんを足したような感じだ。
酸味があるので、疲れたときに食べると良さそうだ。
車の中では自分の荷物に囲まれ身動きができない。
体の締め付けと睡眠不足のせいで、すぐに車酔いになってしまった。
いつもだったらもう30分はもつのだが、今回は早かった。
町に入るたびに解説をしてくれるカルロスさんには申し訳ないが、眠ることにする。
でないと吐いてしまいそうだった。
それくらいかなりひどく酔ってしまった。
ソガモソだよ!
の声で目を覚ます。
まだ気持ちが悪い。
車から降りMongui(モンギ)までの道を教えてもらう。
自転車は大丈夫かと言われ調べてみると、タイヤがパンクしていた。
今度は前輪だ。
自分で直すから大丈夫、
と言ったのだが、自転車屋のほうが早いから、とそこまで乗せて行ってくれた。
カルロスさんの家があるドゥイタマまで行ったら電話して、
という言葉を残し、去っていった。
車を降りると酔いは急速に回復した。
自転車屋はパンクの他に、サボっていたチェーンに油を塗ってくれ、ハンドルのサスペンション(クッションになるところ)にもたっぷり油をさしてくれた。
そんな彼らとその客と少し立ち話。
モンギまでは自転車で3時間、この荷物だったら4時間はかかるだろうということだった。
今日目指すつもりだったが、もう3時をすぎていたのでホテルの話を聞く。
この辺は安くて20000ペソ(1000en)、交渉すれば15000ペソ(750en)まで下げられるよ、と教えてくれるが、スペイン語が話せないのでそれは難しいのではないか。
区切りのいいところで別れ、教えてもらったモンギへの道をたどりつつホテルを探す。
が、ない。
ホテルがあるかどうか聞きながら進んでいくと、ある一人のお父さんがその場所を教えてくれ、しかもそこへ向かう途中自転車で息子と追いかけてきてホテルまで案内してくれた。
そして値段交渉もしてくれる。
25000ペソ(1250en)だったのが22000ペソ(1100en)になり、「もう金がないんだよね」とか「これから食事に行く」などと言っていたら部屋代20000ペソ+夕食代5000ペソで手を打つことになった。
結局25000ペソ払うことにはなってしまったが、夕食つきだしここにはwi-fiがあり、しかも部屋もなかなかいいところだったので損はしていないだろう。
ちなみに、カルロスさんの話だとトタ湖の標高は3100m、ソガモソは2100m、モンギは2800mあるらしい。
やはりこの先のぼりが続くのか・・・
ただ、トタ湖よりは楽に行けると考えると、少しだけ気が楽だ。
山の中の宿を昼に出る。
この先すぐに村があり、その分かれ道を右に曲がると大きな湖、トタ湖が姿を現した。
高い位置から見るその湖は対岸が霞むほど広く、青い。
山を登りきった達成感もあいなり、その光景は自分の胸を打った。
他の観光客はみんなその広大な湖を眺め、そして手をYの字に掲げている。
何組もの人達がこれをやっていたのだが、なにか意味があるのだろうか。
なにかのCMの影響か、それとも”湖”と関係しているのか。
同じく高いところの眺めが素晴らしかった ペニョデグアタペ ではそんなことしている人は見なかったはずだ。
さて、トタ湖も見れたし、帰るか。
…と、いきたいところだが、
しかしここで終わらないのが自分の旅行だ。
昨日思い出したことがある。
トタ湖は湖なのに砂浜があると聞いたのだ。
そして前もってキャプチャしておいた地図を眺めると、そこにあったのはPlaja Blanca(プラジャブランカ = 白い砂浜)という名前。
そしてそこがあるのはちょうど真反対の対岸にある。
そこを目指して山を下り降りた。
湖の隣を走る。
このあたりは日本の田舎の景色となんら変わらない。
湖のそばなんだからてっきり平地なのだろうと思っていたが、丘陵の端っこがいくつも出っ張っていてそこを通らされ、一筋縄ではいかなかった。
↑奥に見えるあんなデコボコを走らされた
ちょうど真ん中あたりにあるAquitania(アキタニア)の町へ入る直前で、タイヤがパンク。
後輪のチューブに大きな切れ込みが入っていたので、新しいチューブに取り替える。
チューブストック残り1つ。
もうすぐ休止かもしれないこの旅で、替えのチューブを買い足すかどうか、悩むところだ。
時間をかけて準備は完了。
ばあさんに荷物をあさられそうになりながら、町へと入る。
街中には宿屋が何軒か見えた。
もしなにかあったらここで泊まることにしよう。
セントロ(中心部)にある教会を覗く。
ステンドグラスがたくさんあり、自分の好みである。
色彩が細かくてまるで絵のようだった。
教会のすぐそばにインフォメーションと書かれたタープが立っていたので、そこでプラジャ・ブランカの情報をもらうことに。
ここから15kmほどで着くらしい。
一本道らしいが、念のため簡略化された地図の写真を撮らせてもらった。
いくつかの丘と少しの砂利道を通り越しながら、ようやく着いたのがここ。
湖に真っ白な浜があるなんて不思議な光景だ。
浜の入口で店を構えている人がニコニコと
おおいこっちだよ!
と教えてくれた。
急な下りを降りて下までつくとそこは紛れもなく砂浜。
するとそこの係員風の人が近づいてきて、なにも言わずともキャンプはどこですればいいのか教えてくれた。
こちらが理解できていないと知ると、今度は案内までしてくれる。
これでキャンプ代がタダなんだから、驚きである。
とりあえずテントを張る前に出店でコーヒーを頼む。
見た目は暖かそうだが、実はかなり寒い。
標高が高いためだ。
泳いでいる人や水着の人もチラホラ見えるが、あれ、絶対寒いと思うぞ。
コーヒーを飲みながらレストランの前(なんと、レストランもあるのだ!)で景色を眺めていると、男女がこちらへ来て話しかけてきた。
彼らも自転車を車に乗せて持ってきていた。
ここに来る途中、アキタニアでこちらを見かけたのだと言う。
彼らも来年には南米を自転車でまわる予定らしい。
そしてボゴタに来たら私たちの部屋にホットシャワーしにきてね、と言っていた。
ホットシャワーとは旅人向けの短期間ホームステイのようなもので、そのサイトに登録すると無料で泊まらせてもらえることができるらしい。
ホットシャワーは南米ではまあまあ登録者がいるらしく、ヨーロッパでも結構使えるという話だった。
以前にもメキシコ人のチャリダーからカウチサーフィン(内容はたぶん同じ)の話を聞いて似たようなことを書いた気がするが、
自分はこういうのにはあまり手を出したくない。
なぜならこういうのに登録している人は、おそらくなにか見返りを求めているだろうからだ。
つまり旅の話を聞きたい、そういうことだろう。
スペイン語もろくに話せず、英語も会話に不自由なくらいにしか話せないので、こういうのには向かない。
メキシカンチャリダーは「それでも別にいいんじゃない?」とは言っていたが、たぶんホストの人に「こんなはずじゃなかった」と思われながら別れるのが目に見えている。
話が聞きたいわけではなく、
以前旅をしていてその他の旅行者を支援したいから、とか、
その恩を返したい、
という人もいるだろう。
日本を自転車でまわったときもそういう人がたくさんいた。
だがどちらにしても自分は人と接するのがひどく苦手なので、結局いい結果にはならないと思う。
嫌な思い出を増やして辛い気持ちを引きづりながら旅をするなんてまっぴらごめんだ。
学生時代に日本を4/5周したころ(金と時間の問題で関東地方は行けなかった)、宮島でキャンプができそうなところを探しウロウロしていたときに、寂しげな顔をしたおじさんがこちらを見つけるや長話を始めたことがあった。
うちに泊まらせてあげたいけど、前に自転車乗り2人を泊まらせたときに金を盗まれてしまってね…
と話すおじさんの、こちらを見る目には、悲しみと憎しみが混じっていたのだった。
そんなことを毎度思い出しながら、そういうサイトに登録するのはまあまず無理だろう、と諦めているのであった。
サイトに登録はしないが、ただ彼らからはメールアドレスをもらったので、もしかしたらそっちから連絡するかもしれない。
テントをたててインスタントラーメンを作る。
暗くなる頃には、あんなに賑わっていた浜辺には誰一人いなくなった。
久しぶりに星空を見た気がする。