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となりの国

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遭難しかけた(゚Д゚;)モンギ−

 



小さなリュックを背負い、中には水筒とちょっとしたおやつ。
いざ、Paramo de Ocetaに出発。





ホテルの人の話だとここから3kmくらいで着くみたいだし、まあそんなにかからないだろう。
と思っていた。



しかしこれが大嘘。



実はもっとずっと距離があり、しかも険しい山道を歩いていかなくてはならなかったのだった。

始めは自転車で行こうと思っていたのだが、自転車が通る隙なんてまったくない。
昨日ホテルをとっておいてよかった。




看板に書いてあった方向へ進むが、その先目印となる看板は一切なくなる。
しかも分かれ道がありすぎてどっちへ行けばいいのかわからない。


たまたま歩いていた人達に道を聞きながら、山道の入口を1時間以上行ったり来たり。

すでに疲れてきた。



    ↑原住民の像らしい




    ↑少し登ると見えた尖った岩山。モンギの公式サイトにはPeña de Otíと書かれていた。



    ↑てっぺんに十字架がたっている




    ↑ここから道がなくなりあせる。道が違うのかと思って3往復くらいした



道なき道を進み、獣道を進み、石を飛びこえ川を渡って隣の山へ。
道はいくつも別れていたが、大体の方角は教えてもらっていたので、とりあえずそっち側へと進む。




    ↑こんな道を進むんです。わかりづらい



 
    ↑途中の湿地帯ゾーンにはまってしまい、こんな状態に。



道はどんどん険しくなるし、靴はぐちょぐちょのドロドロだし、道はわからないしで正直心が折れてしまいそうなのだが、「せっかくなのでもうちょっと先を見てみよう」と無謀にもまだまだ進む。



すると、それを止めるかのように目の前に鋼のワイヤーが現れた。
完全にそこから奥へは行かせないような張り方である。
しかしそのさきにも道が続いていた。

ワイヤーは柵を動かすことで避けられそうだったので、そのまま突き進むという暴挙に出た。

強引に奥へ。




広い草原に出る。
道はなくなるがそれでも進んでいくと・・・



 
    ↑こんな景色。

左側に小さく見えるのが、


    ↑こんな小屋。なんだろう、ゲリラとかいたら嫌だな



そして小川があってそこから行き止まり。




ここからも行こうと思えばまだ行けそうなのだが、さすがに道を間違えているのは確実なので、戻ることにした。



広い草原を戻る。

そして、






戻り道がわからなくなった。




完全に迷子にならないように慎重にウロウロしてなんとか来た道へと戻ることに成功。


しかし今度は川を渡った箇所がどこだったのかわからなくなってしまう。
どこかで右へ曲がって川を越え、隣の山へ移らないといけないのだが、そこがどこだったか忘れてしまった。




英語の声が聞こえたので後ろを振り返ってみると、



  


なんと他の旅行者団体が峰を歩いているではないか!

ええ!! あそこを通るんだったの!?


こちらは山のふもと近くを泥だらけになりながら歩いていったというのに。
っていうかどっから上へ登ったんだ。
そこへの道がまずわからないのだが。




人を見た途端、安堵のせいかなんだか疲れてしまって大きい石の上に座り込む。


そしてその団体についていくように先へ。
通ってきたところとは完全に違う場所だが、ガイド付きの人達がそっちへ行っているのでまあ間違いはないだろう。













そしてはぐれた。



道もわからなくなってしまった。




あの人達はどこに行ってしまったのだろう。

もしかしたら幻覚だったのかもしれない。
山で幻覚を見るという話は結構よく聞く。
しかしこんな高いとは言えない山でそんなものを見るだろうか。




しょうがないので道なき道を走り降り、何度も家畜用のトゲトゲ付きワイヤーを乗り越える。

山で迷った時は本当はこんな無茶なことをしてはいけないのだろうが、町が近いということとその方角はわかっているので、下手にウロチョロするよりもひたすら下ったほうがいいと判断。


丘を駆け降りていくと、あの団体が木の橋を渡っているところを発見。
よかった。助かった。




そのまま団体についていき無事にモンギの町へ着いたのだったが、そのルートが入山したルートと全然違うではないか。


始めっから間違っていたのか。

あの看板も、あの表記も、すべてが嘘だったのだ。
ああ、騙された。




このように、モンギではほとんどいいことはなかったのでした。


パラモデオセタへ行く人は地図をもらうかガイドについていきましょう。
3時間くらいの山行で着くらしいです。



今回見れなかったパラモデオセタの光景はたぶんこんな感じ
            ↓





気になる人は画像検索してみてください。



こっちは町の外れの光景。



おそらくこのようなちっちゃいボサボサの低木が並んでいる荒野なんだと思います。

しかし、このパラモという植物が生えているとまわりの草花が生えなくなるらしく、問題になっているそうです。




うーん、行ってみたかったなぁ。
しかし再挑戦する気力も資金もないのでやんす。




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ヽ(`Д´#)ノモンギ− っとなるモンギ

〜〜〜〜〜

Boyaca(ボジャカ)方面に行ってから、レモナーダ(レモンジュースらしいがレモンっぽい味がしないおいしいジュース)をとんと見なくなりました。

ボゴタから北西のほうは、レストランの飲み物といえばレモナーダ!というくらい頻繁に出されたのですが、
ボジャカのほうではグァジャバ(グアバ)ジュースとモラ(ブラックベリー)ジュースが大多数を占めていました。

体に良さそう!

〜〜〜〜〜


ちょっと愚痴っぽくなってしまうのだが、モンギの話を聞いてください。



町外れのホテルを出て、モンギの町へ向かう。




目的地まで標高2800m。
今日700mは登るらしいが、走り始めは全然そんな気配はない。
それより砂利道がずっと続いていて、そっちがとても辛かった。

トラックがたくさん走っていて土ぼこりが立ち、口や鼻、荷物に降り掛かってくる。
石にハンドルを取られ車道の中央に出そうになるし、タイヤの損傷も心配だ。



しかしそれも数kmで終わった。
「終わった」とは、道がきれいになったという意味もあり、上り道が始まったという意味でもある。


    ↑山の始まりにあった看板。この先色々な観光地があるみたいだ



    ↑Laguna Negra(ラグーナネグラ)とは”黒い湖”という意味。15kmなら余裕があったら行ってみたいが、きっとキツい道なんだろうな




しんどい坂道も、あのトタ湖への地獄坂と比べれば全然たいしたことはない。
へのカッパ とでも言っておこうか。


こんなのちょちょいのちょいと行ってやろう。
ぜーんぜん平気っす。
ぜーんぜん。


と、今にも倒れそうなくらいフラフラしながら自転車を進めた。



”ようこそモンギへ!”
の看板が現れたとしても油断してはいけない。

その先モンギの街中までまだ4kmほどあるのだ。




やっと着いた。
子どもに「旅行者?」と話しかけられながら白い外壁が並ぶ通りへ入った。




さて、ここでまず始めに何をやったかというと、


そう、お分かりの通り、





ホテル?
ちがうちがう。










ト イ レ 探 し だ 。




非常事態にまでは陥っていないが、それでもトイレに行きたくてしょうがなかった。


店の何軒かに尋ねてみるがどこもないらしい。
”貸してくれない”という意味だろう。


道を歩いていたおじさんに、

セントロに行けばあるんじゃない?

と言われ、トボトボと先へ進もうとしたそのとき!
後ろから、

家のトイレを使わせてあげる

というおばさんの声が。



すぐ近くの家へ入りトイレを使わせてもらった。


しかし、こんな風にすすんで自分家のトイレを使わせるというのは何か裏がありそうだ。
荷物に注意しつつ急いで用を足した。



トイレから出ると、おばさんが薬のような物を持ってきた。

この粉末を水に入れるとエネルギーが補給できるの。サイクリストはみんなこれを使ってるわ。よかったらこれ一瓶あげる。

というようなことをジェスチャーとともに言う。


そして  55000ペソ払え  と。



そう、ものを売りつけようとしていたのだ。
やっぱり何か企んでいたな。


値段を言われたあと、あざけりの笑いとともに

そんなの払えねーよ

と突っ返した。


おばさんは

じゃあこの名前をメモしておいたら? お金が入ったら買えるでしょ。

というが、こちらは仕事がないので収入もない。
メモしたところで無駄だ。

そう伝えるとかわいそうに思ったのか、じゃあ少し分けてあげる、とドリンクボトルの中の水にその粉末を少しだけ入れてくれた。


ダメ押しに色々言っておいたのが功を奏したのか。
そんなに嬉しいものでもないが、ラッキーと言えばラッキーだ。



結果だけ見れば、

トイレを貸してくれてしかもスポーツ飲料の粉を分けてくれた

というすごく良い人のようにも見えるが、でもそれは過程を無視した”結果”のみであり、自分はこういうのは好きじゃない。

金持ちに見られたのも不愉快だった。



ちなみに、メモはしてないがその商品の名前は NRG(エネレへ) というものだった。
多分一生買うことはないだろう。




お礼を言って家を出てセントロへ。




ここの教会は、古い感じになにか説得力を放っている。


しかもここの教会、
なにがすごいって、
なんと時計が正常に動いているのです!!


これまで教会に時計がついていればそれは全部壊れているか狂っているものだったので、これには驚いた。
めっちゃ便利じゃないですか!

腕時計をなくしてしまった身としてはこれはありがたい。






近くのカフェで軽食をとる。

ここは安くて店員の女性の対応もよく、自分の中でお気に入りの店となった。


    ↑甘い蒸しパンとミルクコーヒー




    ↑店内にはたくさん絵が飾られていた



その店員さんに安宿はどこにあるのか聞いてみた。

こっちに来てと言われ、一緒に近くのドラッグストアへ。
その店の人がどこかのホテルへ電話してくれたのだが、部屋は安くて30000ペソ(1500円とかそこら)だそうだ。

そんな金は払えないのでお断りすることにした。



ここモンギは、物価は安いがホテルはかなり高いのだ。
トイレを探している途中でも、ここのホテルは高いぞ、と何度も言われていた。




カフェへ荷物を取りに行くと、広場を歩くポーランド人だという人に声をかけられた。
彼も今日ここに来たらしい。


英語で少し会話したあと、

この辺はたくさんホテルがあるから

と場所を教えてくれた。



hospedaje(オスペダへ=宿泊施設)と書かれたところへ足を運び、扉をノック。

しかし誰もこない。
壁には電話番号。

これは…
かけろ ということだろうか。

しかしスペイン語を操れない自分には無理だ。



そう判断し、別の場所へ。
…行こうと思ったのだが、どこも扉は閉ざされている。


結局電話をしなければいけないのか!!





一か八か大きなホテルへ行ってみる。
が、やっぱりここも扉が閉まっていた。

そこから町の眺めを見つめていると、扉からおかみさんが登場。
その人が安宿に連れて行ってくれるらしい。


と思いきや、中心の広場まできてそこから動こうとしない。
いやだからドアが閉まってて電話がー
と何度も言うがまったく動かない。




おかみさんと別れ、たまたま目についた観光案内館へ入ってみる。

そこにはさっきのポーランド人が座っていた。


案内人らしい男に電話が必要だがスペイン語ができないということを必死に伝えるのだが、全然通じないうえにちゃんと聞いてくれない。

そして電話をかけてくれるのではなく、キャンプ場が近くにあるからそこへ行けとその情報を紙に書き始めた。


荷物を安全に置きたいからホテルを探しているのに、それだったら広場のベンチで寝たほうがタダだしそっちのほうがいいだろ!!

としびれを切らし、そこから出て行った。
慌てるポーランド人。
やっぱり言葉は通じず「ああ、他の町に行くんだったらいいよ」とアホなことを言う案内の男。


ちなみにキャンプ代は10000ペソらしい。
たっけぇ。




腹立ち紛れに乱立しているオスペダへのドアをノックしてまわる。


何戸かすぎたあたり、
道を歩いていた女学生たちに、ホテルを探しているんですか?とちょうど尋ねられたときに、
そのドアは開いた。



まだ若い女の子が扉の横に立っている。
部屋は空いているという。
そして値段は25000ペソ(1250円)。
そこから20000ペソ(1000円)に値下げしてもらった。


家族で経営しているらしいこの宿の人達は、丁寧で物腰柔らかくとてもいいところだった。

2泊頼んで荷物を置く。

ああ、疲れた。




こんな感じであんまりいいことが起きなかったモンギの初日であった。




 
    ↑夜に入ったファストフード店のメニュー。上のほうにperro(犬)と書かれている。



    ↑ちょうど犬が店内に入ってきたので、おいしく香ばしい犬焼きを。照り焼き風に焼いてこれが本当のテリーヌ・・・って違いますからね。
    ホットドッグのことをこっちでもperro caliente(ペッロカリエンテ、カリエンテは温かいという意味)と言うらしいのです。





そういえばこっちのテレビやネットで、中国がネズミやネコや犬を食べるということが話題になったらしく、

日本でもたべるんでしょ?

とか

日本ではどんな肉を食べるの?

とよく聞かれた。




    ↑注文したのはチョリパパ(チョリソーとポテト)。ソースがこんなに付いてくる。左から、何かのフルーツの甘いソース、ケチャップとマヨネーズを混ぜたソース。マスタード、ホワイトソース、ケチャップ。




    ↑もちろん全部かけました。マスタードをベースにうまいことミックスして食べられるようなかけ方にしてみました。おいしかったです。
    甘いソースもおいしかったけど、やっぱりケチャップが一番合うかな。





モンギ編 つづく…



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とあるクリスチャンとソガモソ舞い戻り



6時に起きる。

が、自転車を見張るため2、3時間おきに外の様子を伺っていたので寝足りなく、2度寝してしまった。

そしてちゃんと起きたのが9時。

喉の痛みがひどくなってしまった。

この時間になっても、ここプラジャブランカには誰もいなかった。


めんどくさそうにテントを片付けて浜辺を出る。

昨日のうちにトタ湖をどっちまわりで帰るのか考えた。

アキタニアのほうから戻って帰るか、それともまだ行ったことのないトタの町から戻るのか。

地図で見るとトタから行ったほうが5kmほど近いらしい。


しかし5km程度だったら、むしろ距離よりも道の状態が重要だ。

下り坂が多いほうが楽に早く進めるし、砂利道があるとスピードが落ちるうえにスリップやパンクの危険性が付きまとう。

トタ方面はそういうダートが続きそうだとも思った。

だが、町がいくつかあることだし、苦難を承知で知らない道をいってみるのも一興か。

せっかくなのでそうすることに決めた。

昨日のラーメン作りで飲み水がなくなったので店を探しながら進む。

いきなりのぼり坂スタート。

その分、その先にはくだりが待っていると思おう。

店はあったが水が高かったので先へ。

あと3kmでトタに着くらしいので、そこまで我慢だ。

’トタ3km’看板のすぐそばで出会ったのは、家の工事をしている人と、その人と話をしているサイクリング服の年配男性。

彼らに手招きされ、生ジュースと乾パンをごちそうになる。

そしてそのサイクリストから一緒に行こうと誘われた。

しばらく一緒に走ることに。

「ここから、湖、バイバイ」

こちらがわかるように、簡単な単語だけで話してくれている。

こういう人は中南米にはなかなかいなくて、大抵は好き勝手に早くしゃべりたくる。

なかなか珍しいことだ。

この人は外国語を学んだことがあるか、あるいは多文化の考え方を理解できる頭のいい人かのどちらかだろう。

彼の話では、ここから湖は見えなくなってしまうらしい。

そして予想通り地面はボッコボコのグラベル、しかも道路工事をしていて通りにくい。


トタの町に着く前に、一緒に走っている彼、カルロスさんが言うには、

ここに私の父の家があるのだけど、寄っていってなにか食べない?

もちろんOKを出した。

朝食を食べていなかったのでこれは嬉しい誘いだ。

道を外れ、奥へ進むと一軒の家があった。

中へ通される。

広い通路があり、右手側にキッチンや茶の間の入口が並び、左手側の窓からは暖かい日が入り込んでいる。

この辺にしては結構高そうな家だ。




    ↑飼われている犬とネコ。かわいい



    ↑カルロスさん


中から修道服姿のおばあさんが出てきた。

この家は敬虔なカトリック教徒なのだという。

急遽簡単な食事を出してもらった。

チーズはここで作っているらしく、牛乳の強い香りがしていて噛むたびにキュッキュッと鳴る。

これにグアジャバという果実の砂糖漬けを乗せて一緒に食べるのがエネルギー補給にとてもいい、とカルロスさん。

それとロールパンとココア、それから細切りのピースケーキを出してくれた。


食べ終わると、今度は昼食に誘われる。

昼食を食べたら車でソガモソまで送ってくれるとまで言ってくれた。

なんか最近すごい。

こんなに多くの人にお世話になってしまっていいのだろうか。

他のチャリダーとかバックパッカーって普段からこんななの?

確かに旅のノンフィクションの本では「どこどこの誰々さん家に泊めてもらった」とか「工場を見学させてもらえてそのうえお土産の酒まで頂いた」なんて出来事をよく見たけど、

でもいままでこんなにたくさん支援を受けることはなかった。

あったとしても時々。

もしくは数日間のみ。

いや、それでもすごいことなのだが、このごろはその比ではない。

昼食まで家のまわりの農場を歩き回り野菜や牧草地の説明を受ける。


そして昼ご飯。

ちゃんと食べる前にお祈りしている。

ここまでちゃんとしたキリスト教徒というのは今まで会わなかったので新鮮だった。



    ↑羊毛かなにかを毛糸にしている様子。これがポンチョになるらしい



    ↑ネコに小屋を取られてしまっているパコくん



昼がすみ、自転車と荷物を車に積む。

家の人達からお土産にチョコレートとチーズ、そして実をたくさんもらった。




この実、クチュバという名前で、見た目はほおずきの中に入った小さなミニトマトのような形をしているが、味は酸っぱいイチゴに少し酸っぱいみかんを足したような感じだ。

酸味があるので、疲れたときに食べると良さそうだ。



    ↑これを10個くらいもろた

車の中では自分の荷物に囲まれ身動きができない。

体の締め付けと睡眠不足のせいで、すぐに車酔いになってしまった。

いつもだったらもう30分はもつのだが、今回は早かった。

町に入るたびに解説をしてくれるカルロスさんには申し訳ないが、眠ることにする。

でないと吐いてしまいそうだった。

それくらいかなりひどく酔ってしまった。

ソガモソだよ!

の声で目を覚ます。

まだ気持ちが悪い。

車から降りMongui(モンギ)までの道を教えてもらう。

自転車は大丈夫かと言われ調べてみると、タイヤがパンクしていた。

今度は前輪だ。

自分で直すから大丈夫、

と言ったのだが、自転車屋のほうが早いから、とそこまで乗せて行ってくれた。

カルロスさんの家があるドゥイタマまで行ったら電話して、

という言葉を残し、去っていった。



    ↑このときもらったキャップ


車を降りると酔いは急速に回復した。

自転車屋はパンクの他に、サボっていたチェーンに油を塗ってくれ、ハンドルのサスペンション(クッションになるところ)にもたっぷり油をさしてくれた。

そんな彼らとその客と少し立ち話。

モンギまでは自転車で3時間、この荷物だったら4時間はかかるだろうということだった。

今日目指すつもりだったが、もう3時をすぎていたのでホテルの話を聞く。

この辺は安くて20000ペソ(1000en)、交渉すれば15000ペソ(750en)まで下げられるよ、と教えてくれるが、スペイン語が話せないのでそれは難しいのではないか。

区切りのいいところで別れ、教えてもらったモンギへの道をたどりつつホテルを探す。

が、ない。

ホテルがあるかどうか聞きながら進んでいくと、ある一人のお父さんがその場所を教えてくれ、しかもそこへ向かう途中自転車で息子と追いかけてきてホテルまで案内してくれた。

そして値段交渉もしてくれる。

25000ペソ(1250en)だったのが22000ペソ(1100en)になり、「もう金がないんだよね」とか「これから食事に行く」などと言っていたら部屋代20000ペソ+夕食代5000ペソで手を打つことになった。

結局25000ペソ払うことにはなってしまったが、夕食つきだしここにはwi-fiがあり、しかも部屋もなかなかいいところだったので損はしていないだろう。

ちなみに、カルロスさんの話だとトタ湖の標高は3100m、ソガモソは2100m、モンギは2800mあるらしい。

やはりこの先のぼりが続くのか・・・

ただ、トタ湖よりは楽に行けると考えると、少しだけ気が楽だ。




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湖の浜辺でテント

山の中の宿を昼に出る。

この先すぐに村があり、その分かれ道を右に曲がると大きな湖、トタ湖が姿を現した。

高い位置から見るその湖は対岸が霞むほど広く、青い。

山を登りきった達成感もあいなり、その光景は自分の胸を打った。








他の観光客はみんなその広大な湖を眺め、そして手をYの字に掲げている。

何組もの人達がこれをやっていたのだが、なにか意味があるのだろうか。

なにかのCMの影響か、それとも”湖”と関係しているのか。

同じく高いところの眺めが素晴らしかった ペニョデグアタペ ではそんなことしている人は見なかったはずだ。

さて、トタ湖も見れたし、帰るか。

…と、いきたいところだが、

しかしここで終わらないのが自分の旅行だ。

昨日思い出したことがある。

トタ湖は湖なのに砂浜があると聞いたのだ。

そして前もってキャプチャしておいた地図を眺めると、そこにあったのはPlaja Blanca(プラジャブランカ = 白い砂浜)という名前。

そしてそこがあるのはちょうど真反対の対岸にある。

そこを目指して山を下り降りた。


       ↑ココ



湖の隣を走る。

このあたりは日本の田舎の景色となんら変わらない。

湖のそばなんだからてっきり平地なのだろうと思っていたが、丘陵の端っこがいくつも出っ張っていてそこを通らされ、一筋縄ではいかなかった。



    ↑奥に見えるあんなデコボコを走らされた


ちょうど真ん中あたりにあるAquitania(アキタニア)の町へ入る直前で、タイヤがパンク。

後輪のチューブに大きな切れ込みが入っていたので、新しいチューブに取り替える。

チューブストック残り1つ。

もうすぐ休止かもしれないこの旅で、替えのチューブを買い足すかどうか、悩むところだ。

時間をかけて準備は完了。

ばあさんに荷物をあさられそうになりながら、町へと入る。



街中には宿屋が何軒か見えた。

もしなにかあったらここで泊まることにしよう。




セントロ(中心部)にある教会を覗く。

ステンドグラスがたくさんあり、自分の好みである。

色彩が細かくてまるで絵のようだった。
















教会のすぐそばにインフォメーションと書かれたタープが立っていたので、そこでプラジャ・ブランカの情報をもらうことに。

ここから15kmほどで着くらしい。

一本道らしいが、念のため簡略化された地図の写真を撮らせてもらった。





いくつかの丘と少しの砂利道を通り越しながら、ようやく着いたのがここ。







湖に真っ白な浜があるなんて不思議な光景だ。

浜の入口で店を構えている人がニコニコと

おおいこっちだよ!

と教えてくれた。

急な下りを降りて下までつくとそこは紛れもなく砂浜。

自転車を押し押し入っていく。




 

するとそこの係員風の人が近づいてきて、なにも言わずともキャンプはどこですればいいのか教えてくれた。

こちらが理解できていないと知ると、今度は案内までしてくれる。

これでキャンプ代がタダなんだから、驚きである。

とりあえずテントを張る前に出店でコーヒーを頼む。

見た目は暖かそうだが、実はかなり寒い。

標高が高いためだ。

泳いでいる人や水着の人もチラホラ見えるが、あれ、絶対寒いと思うぞ。




コーヒーを飲みながらレストランの前(なんと、レストランもあるのだ!)で景色を眺めていると、男女がこちらへ来て話しかけてきた。

彼らも自転車を車に乗せて持ってきていた。

ここに来る途中、アキタニアでこちらを見かけたのだと言う。

彼らも来年には南米を自転車でまわる予定らしい。

そしてボゴタに来たら私たちの部屋にホットシャワーしにきてね、と言っていた。



ホットシャワーとは旅人向けの短期間ホームステイのようなもので、そのサイトに登録すると無料で泊まらせてもらえることができるらしい。

ホットシャワーは南米ではまあまあ登録者がいるらしく、ヨーロッパでも結構使えるという話だった。

以前にもメキシコ人のチャリダーからカウチサーフィン(内容はたぶん同じ)の話を聞いて似たようなことを書いた気がするが、

自分はこういうのにはあまり手を出したくない。

なぜならこういうのに登録している人は、おそらくなにか見返りを求めているだろうからだ。

つまり旅の話を聞きたい、そういうことだろう。

スペイン語もろくに話せず、英語も会話に不自由なくらいにしか話せないので、こういうのには向かない。

メキシカンチャリダーは「それでも別にいいんじゃない?」とは言っていたが、たぶんホストの人に「こんなはずじゃなかった」と思われながら別れるのが目に見えている。

話が聞きたいわけではなく、

以前旅をしていてその他の旅行者を支援したいから、とか、

その恩を返したい、

という人もいるだろう。



日本を自転車でまわったときもそういう人がたくさんいた。

だがどちらにしても自分は人と接するのがひどく苦手なので、結局いい結果にはならないと思う。

嫌な思い出を増やして辛い気持ちを引きづりながら旅をするなんてまっぴらごめんだ。



学生時代に日本を4/5周したころ(金と時間の問題で関東地方は行けなかった)、宮島でキャンプができそうなところを探しウロウロしていたときに、寂しげな顔をしたおじさんがこちらを見つけるや長話を始めたことがあった。

うちに泊まらせてあげたいけど、前に自転車乗り2人を泊まらせたときに金を盗まれてしまってね…

と話すおじさんの、こちらを見る目には、悲しみと憎しみが混じっていたのだった。

そんなことを毎度思い出しながら、そういうサイトに登録するのはまあまず無理だろう、と諦めているのであった。

サイトに登録はしないが、ただ彼らからはメールアドレスをもらったので、もしかしたらそっちから連絡するかもしれない。



テントをたててインスタントラーメンを作る。

暗くなる頃には、あんなに賑わっていた浜辺には誰一人いなくなった。

久しぶりに星空を見た気がする。








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