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となりの国

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がっかり、マニサーレス



〜〜〜〜〜〜〜〜〜

結構前の話になりますが、コロンビアの首都ボゴタで大量のみぞれが降ったようですね。
そのニュースを見たのがボゴタを離れて1週間くらいだったので巻き込まれずにすみました。
しかしそれよりも実際見てみたいという気持ちが勝っていたので悔しい思いのほうが強かったです。

この”みぞれ”のことを granizado グラニサード とニュースでは言っていたのですが、フラッペやフラプチーノなどもこう呼びます。
たしかに見た目は一緒だ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜




まず始めに告白しよう。

Manizales(マニサーレス)はあまり好きな町ではなかった。

というのも、まず入りからよくなかった。



ここマニサーレスの宿を出るとき、本当はここにもう一泊しようと思ったのだが、経営者の家族が出かける予定があるとかで断られた。

ちょっと感じが悪かった。

それからもう一度バスターミナルへ出向き、インフォメーションセンターで町の地図を貰う。

ここの人達の対応も非常にひどかった。



この時点で悪い印象を持ってしまった。
まず第一印象が悪かったのだ。
そうなるとそれからは悪いところばかり目についてしまう。

しかし、そこから挽回してマニサーレスが楽しい思い出をくれることをこの時の自分はまだ願っていた。



地図を見ると、セントロ(中心部)は坂の上にあるようだがケーブルカーを使えばその近くまで一気に行けるようである。

自転車も乗り入れOKということだったので、さっそく切符1600ペソ(80円)を買い乗車。

さすがにこの自転車で長距離を押し歩くのはキツい。



    ↑バスターミナルから出ているケーブルカー



    ↑上から見た景色。丘の上にあるためきれいだ

店や広場を眺めつつ壊れた自転車を引きずりながらホテルを探す。




カテドラルのすぐ近くにホテルがあった。

立地的におそらく高いとは思うのだが、一応入って値段を聞いてみる。



なんとここが40000ペソ(2000円)。

やはりめちゃくちゃ高かった。

試しに入っただけだったので泊まる気はなく、そのまま帰ろうとした。

すると、ホテルの従業員がみるみる値段を下げていき、なんと昨日の宿と同じ20000ペソ(1000ペソ)で泊まれることになった。

半額になってしまうなんて思いもしなかった。



こんな機会はあまりない。

このチャンスを逃すまいと、さっそく2泊お願いした。

2泊というのは、今日は適当に町をまわり、明日自転車屋に行く作戦だ。




しかし心の中で不安が渦巻いていた。

おそらく自分の勘が確かならば、明日の行程は無駄になってしまうはずなのだ。


その理由は後でわかるだろう。




この日は町を見て回ったが、他の場所と比べてやはり人々の雰囲気がよくないように見える。

もちろんいい人もたくさんいるのだが、この町の闇の部分があちこちに見え隠れしているのが人々の対応から見え隠れする。


カットフルーツを売っているおじいさんはこちらが目に入らないような接客をするし、物乞いは寄せてくるし・・・



    ↑しかし教会はどこも美しかった



    ↑この日はミサをやっていてあまり見学できなかった



    ↑カテドラルは夜にライトアップされる





    ↑カテドラルから数ブロック離れた広場にある教会



    ↑こっちの教会がお気に入り



    ↑木を使ったシックな造りでステンドグラスもふんだんにつけられている





その翌日。

自転車屋を探しに出発。

通りに何軒も並ぶ自転車屋の群れを見つけることができたが、どこへ行っても荷台のパーツがない。

あったところで、今使っている自転車に合うものがなかった。

予想通りだ。

中米でもそうだったが、こういう頻繁に売れるものではない若干マニアックなパーツは首都に行かないと見つからないのだ。


それに加え、自転車がメキシコ生まれなので型に違いができてしまうのかもしれない。




探しまわるうちに鉄鋼溶接所のようなところを発見。

以前コスタリカで溶接所へ行って直してもらった経験があったので、その経験を元にもしかしたら直せるかもしれないと考えつき、鉄工のおじさんに聞いてみる。

すると「まかせなさい」というような笑顔で荷台パーツを受け取り、あっという間にくっつけてくれた。






しかし鉄工のおじさんが言うには、くっつきはしたけどあまり重いものを乗せられないのだそうだ。

それでは困るので翌日に場所を移し、もう一度パーツを探そうと決める。



他のブログで見つけた、オススメだというホステルへ移動。

本当は始めからそっちへ行こうと思っていたのだが、セントロからかなり離れているようだったので、一昨日はあきらめていたのだった。
マニサレス宿

実際に行ってみると、地図で見るほど離れていない。

歩いて1時間といったところか。

ブログには詳しい場所がかかれていなかったので見つかるか心配だったが、なんとか発見。




    ↑ケーブルカー乗り場がある道路を真っすぐ行くとCable Plazaがあったので、そこをもう少し行ってみると高架橋からhostalの文字が!!



    ↑運良く見つかってよかった、と思いきやここは違ったようだ。この辺はホステルがたくさんある



    ↑適当にウロウロしていたら見つけたmountain hostels。さっきのホステルの、橋から見て一本右側の通りにあった。



    ↑向かいにあったホステル。ここの人に教えてもらったのだが、こっちに泊まりたかった。

ここのホステル、情報とは違い値段が20000ペソもする。

ドミトリーでこれは高すぎる。

せっかく苦労して見つけられたのでしぶしぶ了解するがすっきりしない。

スタッフに「その値段は5年も前の話だよ」と言われた。
たしかにブログには2009年と書かれている。

現在は2015年4月。


・・・・・。

コーヒーがいつでも飲めると書いてあったが、夕方にコーヒーをついでみるとカップ1杯分しか出ない。

しかも酸化したすっぱいコーヒーだった。

人は多いし、その中でもアメリカ人が多く、キッチンは汚くされていた。

翌日わかったのだが、全員に配られていたバスタオルはこちらにだけくれなかったようだ。

まわりの店も物価が高く、買い物しづらい。



町の印象が悪かったのが後を引いたのか、それとも期待しすぎたためか、どんどんどんどん不満が募る。


悪いところばかりを挙げたが、いいところを言うと、

下階にガラス張りの小さなホールがあること。



夕方に子どものダンス教室が開かれていたが、それが終わった後に久しぶりに空手の練習をしてみた。

長い間やっていなかったので完全に忘れてしまっている。

やはり一度日本に帰ったほうがいいのかもしれない
と弱気になる自分が、目の前の鏡に写っていた。



それから広間にPS2が置いてあったこともいい点のひとつだ。

    ↑小型のPS2

あまりソフトがなかったので、FPS(主人公目線のシューティングゲーム)のkill zoneというゲームをやってみた。


  ↑これ。評価はそこそこのようだ

FPSは昔ジャンピングフラッシュ2というPSのソフト(現在主流のFPSとは全然違う)をやったことがあったが、それ以外は触れたことがなかった。

ボタンやスティックを3つ4つ同時に操作しなければならず、かなり難しかった。

慣れてきたあたりで時刻は夜の11時をまわった。

静かにしなければならない時間なので、心残りだがゲームをやめる。

コントローラーを握るのなんて何年ぶりだろう。

久しぶりにやったゲームは時間の流れを忘れさせた。





    ↑内装も結構おしゃれ




ちなみに自転車屋探しはというと・・・

このホステルを発見するまでに3軒ほど自転車屋を見つけていたのだが、昼休憩でどこも3時まで閉まっていた。



到着後すぐに荷物を置き、さっそく自転車屋へ。

3軒とも、昨日のどの店よりも良さそうで高そうでいいものがありそうな店だったが、自転車に合う荷台はどこにも置いていなかった。



がっかりしてホステルへ帰宅。

手に入れるにはボゴタに戻るしかなさそうだ。






次の日になり、台所へ。

朝食を各自で調理、とブログには書かれていたが、ホステルの人の話ではコーヒー飲み自由でドミトリーには朝食はつかないそうだ。







( ꒪⌓꒪)









(。-ˇ.ˇ-。)カチ-ン





この町で溜まりたまったストレスがここで限界になり、頭に来たのでさっさと出て行くことにした。



悪いのはこのスタッフではなく、

ブログの書かれた年を確認して現在変わっているかもしれないと予想しなかった自分が悪いのであり、

態度が悪いここの泊まり客や町人が悪い。



完全に八つ当たりなのだが、イライラが募りつもっている自分にそんな余裕はなかった。

2日間探しても荷台パーツは見つけられなかったが、しばらくはこのツギハギの荷台でも保ってくれるだろう。

早くここを出なければ。




※今回不運が重なったため嫌な思いをしましたが、きれいなところに泊まりたい人にはこのホステルが合うと思います。
しかし自分はオススメしません。

まわりにたくさんホステルが並んでいるので、探せばもっとよくて安いところもあるでしょうし、中心部にもチラホラとホステルを見かけました。

そっちを探したほうがいいかなーと思いますよ。




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自転車が壊れました。

その地図に載っていない村の名は、Estacion Padua(エスタエスィオンパドゥア)というらしい。

そこでこれまた2泊してしまうのだが、とくに何か見所があるわけでもない平和な村だ。

節約のためにバンデーハではなくエンパナーダ(米入りコロッケのようなもの)で食いつないだ。

ちなみに、bandejaバンデーハとはプレート料理のこと。

almuerzoアルムエルソ(昼食)やcenaセナ(夕食、コロンビアではセナではなく単にcomidaコミーダ[=料理]と呼ぶことが多い)では肉や魚が乗った料理の他にもスープや飲み物がついてくるところがほとんどだが、メニューにバンデーハと書かれていた場合はそれと区別されスープがつかない。

言い換えると、アルムエルソにはソパ(スープ)とバンデーハとフゴ(ジュース)がついているということだ。



    ↑エスタエスィオンパドゥアの前景

~~~~~~~~~~~~

朝。

この日は一昨日辿り着けなかったラ・リビアという町まで今日は走る予定だ。


    ↑標高もかなり高くなってきている



坂をいくらかのぼったのち、レストランが見えたので立ち寄る。

値段を聞いてみると8000ペソ(400円)とそこそこ高い。

人里離れたところだから仕入れに運搬費がかさんでしまうのだろうか。

値下げ交渉してみると、5000ペソ(250円)で料理を作ってくれることになった。

料理名がわからない自分に、どんなものがあるかフタを開けて見せながら説明してくれる主人。

そして、隣で食べていた人は帰り際、なにも言わずにこちらの料金を払ってくれた。

すごいでしょ?

コロンビアって。

親切なコロンビアの人たちのおかげで、旅費が大幅に減らせている。

もう資金が底を尽きようとしているので、これは本当にありがたい。




    ↑奥のスープもついて250円!



    ↑優しい主人に写真を撮らせてもらった。今気づいたが屋根に☆がついていて意外とオシャレにしてある




長屋のようになっている土産屋を通り過ぎ、ハリウッドのような看板を見ながら霧の中を突き進む。


    ↑お土産やがポツンと建っている



    ↑artesanias colombianasアルテサニアスコロンビア—ナスと書かれている。コロンビアの手工芸という意味。多分



やっと下り道が現れた、

とそのとき、




パキン




という甲高い音が後ろから聞こえた。

そしてタイヤに何かが擦れる音が…

荷台をひっかけている紐が外れたのかと確認してみると、なんと荷台そのものが壊れているではないか!



サドルの根元に留めている固定棒が両方とも折れてしまっていた。




    ↑ここがこう!

荷台がタイヤに乗っかってしまっているので、これでは先へ進むことができない。


    ↑こうなってる



町までバスで行くしかないな

と考え、運良くすぐそこにあった大きめのきれいなレストランへ。



そこのおじさんがコーヒーを持ってきてくれながら、

バスはここに停まるから大丈夫。値段はマニサレスまで自転車含めて10000ペソ(500円)だね。お金厳しいの? じゃあ8000ペソまで交渉してやるから。全部俺が面倒見てやるから心配するな。

と、バスの運転手と運転手補助(多くのバスにはバスガイドのような補佐役が一人乗っている。大抵男)へのこちらの状況説明から自転車と一緒にバスに乗る方法の享受から、色々とお世話になった。




    ↑待っているときに見つけた蛾。毛が生えていてきれいな色だったので激写。もっとアップの写真もあるのだけど、嫌な人もいると思うので載せるのやめました

今日は土曜日なので帰省者が多いらしくどのバスも満員。

ここに停まってくれるバスはなかなか現れなかった。



2時間ほど待ち、やっと席が空いているバスが到着。

そこに乗り込む。

後ろの人が自転車を倒れないように押さえてくれたり、隣の人が話しかけてくれたり、乗客たちもみなとても協力的だった。





バスが発進すると、急カーブと急勾配の連続に5分でグロッキー状態に。
酔った。完全に。

吐きそうだったので意識を集中させ、目を閉じる。



2時間後。

眠っていた自分は車内の電気が点くとともに目が覚めた。

まもなくマニサレスに着くらしい。



バスターミナルで降ろされる。

値段は10000ペソと言われたが、「8000ペソ!8000ペソ!」と連呼したらちゃんと8000ペソにしてくれた。

その運転手さんが安めのホテルがある場所を親切に教えてくれる。

いつもは自分の目と足を使って道づたいに町へと入るので土地勘のようなものが生まれるのだが、バスに乗るとそれがなくなり心細くなる。

知らない場所にいきなりポンと放り出されるような寒々しい心持ちになり、少しだけ孤独を感じた。

荷物をすべて降ろすと、隣に座っていたバックパッカーらしい2人組がこちらへ来てスペイン語で何かをまくしたて、そして突然ターミナルの警備員の女性に金を払えと言う。

しかしそんなこと突然言われてもはいそうですかと払うわけもなく、盗まれる危険性があるのに置いておきたいはずもない。

それに突っぱねると、少し動揺していたバックパッカーたちは数分後にさよならを言って去っていった。

自転車を組み立て荷物をくくりつけ終わったころになり、やっと彼らがしゃべっていたその事情を飲みこめてきた。

今日は土曜日で明日は日曜日。

なので自転車屋は休みだ。



そこで、
ここに荷物を月曜日まで預けて一緒にタクシーでホテルに行こう

ということだったらしい。

だから寝る場所がどうのとかタクシーがこうのとか言っていたのか。



荷物預かり所の看板には[12時間で3000ペソ]と書かれていたのが見えたので、おそらく彼らは月曜までの預かりで3000ペソにしてもらうよう交渉してくれたのではないか。

とっても親切な彼らの好意をふいにしてしまった。

しかしあんなにスペイン語をまくしたてられてもこちらもわかるはずもないし、いきなり金を出せと言われても出せるはずもない。

それくらいバックパッカーをやっている身ならわかるだろうと思うのだが。

まあ、チャリダーとバックパッカーは端から見ると似ているようで実は全然性質が違うもの。

結局わかりあえないものなのかもしれない。

今度べつの投稿でそれらの違いについて書いてみようか。

いつかどこかで同じような内容を書いた気もするが、まあいいだろう。

ターミナルの裏手にまわると、さっきのバスが目の前をゆっくり通り過ぎながら、運転手と補助役の人が

「あっちあっち!!」

と大振りのジェスチャーで伝えてくれる。

そちらへ行き、レストランもやっている宿泊施設へ。

20000ペソ(1000円)と平均的なお値段。

この店もこのあたりも雰囲気は良くないが、他はこれより値段が高く、この自転車を引きずりながらもっと遠くへ行くことは困難なので今日はここに泊まることになった。




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すっごいおごってくれるよ!



家に泊めてくれた優しい家族たちに別れを告げたわたくしことレイが向かった先はフレスノという町。

そこまで10km少々の道のりだった。

それでも2時間ほどかけてフレスノに到着。

平地なら1時間もかからずに行ける距離なのだが、なにぶん山。

行程に2倍以上の時間を要してしまう。

しかし時刻はまだ昼。

時間的にまだまだ先へ行ける。



とりあえず飲み水がもうないので、ここで手に入れておかなければ! と、適当に入った店にて「水をください」と注文。

すると店員の男の子が、こっちのほうがいいだろうと気を利かせてくれコップに入った温かいアグアパネーラ(黒糖の飲み物)を持ってきてくれた。

しかもタダで。

え、いや、そういうことじゃなかったんだけれど・・・

せっかく出されたのだし、ありがたくいただく。

たまたま電話を借りにきていた少年たちと会話を交わし、

「がんばってね」と、今度は彼らからスポーツ飲料のゲータレードを貰った。

なんかこんな見ず知らずの人なのに色々いただいてしまってホント恐縮です。

結局水は手に入らず、「他の店ぇ~」 と探しながらなぜか目についたホテルに入っていくわたくしことレイ。

いつものこと。

ちょっとした調査ですよ。

ここらのホテルの平均をね、知りたかったんです。

この町のホテルの値段はそこまで高くなく、wi-fiが備わっているところが多いのが嬉しい。

嬉しさのあまり、ついつい泊まってしまいました。

これもいつものこと。

いやほらちょっと足がね、疲れてたかなーって。

軽く棒のようになってると言っても間違いじゃない状態なんじゃないかなーって。

そんな気がね、したんです。

水シャワーしか出なかったが、部屋はきれいでネットの接続もまあまあ。

途中からネットに繋がらなくなってしまったが、こちらのDNSをいじってなんとか解消。

買い出しをして食べ物と飲み物をそろえる。

プツプツはするがそこそこ快適なネット環境、そして生活環境を整えることに成功した。

この町の食堂は値段は安くそしておいしい。

高いところでも6000ペソ(300円)が普通だし、中には3500ペソ(175円)や3000ペソ(150円)といった格安店まである。

料理と一緒に出されるジュースはなにも言わなくてもおかわりを聞いてくれるし、店員たちの接客もどこもすばらしくいい。

薄暗く店がぎゅうぎゅう詰めになっている商店街を見ると治安はとても良いとは言えなさそうだが、なかなか気に入ってしまった。




    ↑街中の様子

__________

うっかり2泊したその翌日。

フレスノを出発。

予想ではこれからもまだまだ登山が続くだろうからと、3000ペソの安い料理屋で食事をし気合いを入れる。

すると、そこを出て50歩ほど歩いたあたりで他の店に声をかけられる。

「どこにいくの?アグアパネーラ飲んでかない?」

もっと早く言ってくれれば!!

もう腹がたぷたぷになるまで飲んでしまったところだよ!

こうやって町を出るまでにアグアパネーラやジュースを3人に誘われてしまった。

ここまで招待されたのはさすがに今まででもなかった。

山の中の小さな町なのに、なんだかすごいところだな、
と思いつつ急勾配の坂を進む。




    ↑斜面に畑がたくさん作られてるのをよく見る

そんな山奥だが、車は割と多い。

とくにバギーが多いのが目にとまった。

それまで3輪の車が多いところやバイクばっかりのところはあった。

今回それに”バギーが多い土地もある”という割とどうでもいい情報が新たに加わった。

それにしても、

3輪は安いからでバイクは小回りが利くからもしくはやっぱりこちらも安いからだとして、バギーが多い理由、その利点はなんなんだろう。

砂利道も全然ないのに。

ただ流行っているだけだったりするのかな。






山の天気は変わりやすい。

あんなに晴れていた天気が、しだいに雲に覆われてきている。

ずっと坂をのぼっているだけあり、すぐ隣は崖。

景色はそこから見下ろす形となる。

眼下に崖の底が見える。

それくらい急激に落ち込んでいるのだ。

落ちたら一たまりもないだろう。

そのまま目を上げていくと、そびえる幾多の山麓がおりなす谷間の線を見ることができる。


    ↑写真だと霞んで見えずらいが、谷間が奥まで続いている



    ↑すぐ目の前は急激に落ち込んでいる

しばらく走り、前回の勘違いが生んだ噂の”マンサナーレス”に続く分かれ道へとやってきた。

本当にあったのか。





進むべき道はまっすぐ、マンサナーレスは右。

どちらへ行くか考える前にとりあえず腹ごしらえ、とそこにあったレストランへ入っていく。

ここがちょっと高めの値段設定でゲンナリ。

諦めて先へ進もうとしたとき、そこで食事をしていた人がこちらへ来て「いくら必要なんだ?」と言いながら2000ペソくれた。

しかもその後、その人が会計でもらっていたおつりの1000ペソをまたしても手渡してくれた。

なんていい人なんだ。

そしてなんてリッチなんだ。

3000ペソ(150円)のスープを実質無料で食べることができた。

ありがたがりながらいただいた。

しかしこれだけではない。

料金を払うとき、今度は店員のおっちゃんが「2000ペソでいい」と1000ペソ返してくれた。

なんと無料どころか”1000ペソ+”になってしまったではないか。

なんということだろう。

ああ、コロンビア人、太っ腹すぎるだろ・・・

地図で見るとマンサナーレスは山の奥にあるらしく、ここから少し距離が空いていた。

なのでそちらへ寄り道はせず、まっすぐ進むことにした。


            ↓ここマンサナーレス





天気はついに雨に変化。

こりゃもうダメか、ここでテント張らせてもらおうか、

そんな目算を立てながら民家の倉庫の軒下で雨宿りしていると、前方に続く道の先に家の塊と教会の先端が見えた。

距離はそこまで離れていないように見える。

これはもう行くしかないと、それが蜃気楼や幻覚でないことを祈りながら走って、走った。





町の入口にあったホテルらしきところへ。

値段は18000ペソ(900円)と安く、しかもwi-fiも使えるらしい。

こりゃ儲け!

16000ペソ(800円)の部屋もあるらしいのだが、シャワーは水しか出ないということだった。

ということは18000ペソの部屋はホットシャワーが出るということ!

ここのところずっと冷たい水シャワーだったし、この辺は少し肌寒くなってきている。

ここは2000ペソ我慢してホットシャワーを浴びるべきだろう。



広い部屋ではないが、安心できる場所を手に入れたわたくしことレイ。

ネットの状況もかなりよかったので、ずっと作るのをサボっていた動画をここでアップした。








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本当にあった『ウルルン滞在記』





マリキタの町を出て走る、木に囲まれた坂道。
この道はサイクリストが多い。


時おり多数の車やバイクに囲われて走っているサイクリストたちが、自分の横を颯爽と通りすぎていく。

レースかなにか行なわれていたのだろうか。




    ↑美しい道ではあるが、楽な道ではない



                     ↓この辺にマリキタの名前がある

↑この”ス”は次の目的地「マニサレス」の”ス”



走って早々休憩し、オカリナを吹いている自分のそばで、 そのすぐ隣の家へ遊びにきた男性サイクリストが一人、自転車と共にたたずんでいる。

何度大声で呼んでも家の人は出てこないらしい。


家に入るのはあきらめ、こちらに目標を変えてきた。


ロックオン。

そして発射。
その男は、自分にとっては異国となる言葉を打ちはなった。



マニサレスへ行く、
と何度言っても「マンサナーレス」と聞き間違えるし、同じ質問を何度もするので耳が悪いのかもしれない。


そんな初老の男と一緒に行くことになってしまった。




荷物のない男はさっさと行ってしまい、こちらは自分のペースでペダルをこぎ、そして歩く。


男は坂をのぼっていっては距離がある程度離れると一気に坂をくだってこちらのもとへと戻る。
そしてまた先へ。

その繰り返し。



    ↑カカオの実が途中にあったのを教えてくれる男



    ↑こんな南国っぽい花もあった



   ↑アップ画像。少し横から見るとこんな感じになっている




「もうすぐ下り坂だから、もうすぐだから」

と何度も騙されながら、5度目の「もうすぐ」で本当のくだりに到達。
しかしすぐに地獄ののぼり坂へと戻る。



    ↑景色はめちゃくちゃきれいだった



    ↑川が流れている。有名な川らしいが詳しくは忘れた




「もうすぐFresno(フレスノ)だ」という男。


ホントかよ!!
もう信じられんぞ!





そんな2人の前に果物屋があったので、休憩がてらによっていく。


バナナを2本おごってくれる男。
そしてバナナを一房おごってくれる店員。


そ、そんなにですか!?






この店員に、
今日はフレスノで泊まること、もしかしたらテント泊するかもしれないことなどを伝えると、

「フレスノでキャンプは危険だから今日はここに泊まっていったら?」

と勧めてくれた。


そのご好意に甘え、彼の実家にテントを張らせてもらうことになった。





テントを張り一息つくと、コーヒーを何杯もいれてくれる。
ゆでた黄色い実もたくさんもらった。


chontaduro(チョンタドゥーロ)もしくはcachipai(カチパイ)と呼ばれる実で、味は栗やサツマイモのような感じ。
匂いも栗に近い。

食感はサクサクしていて、パサパサで喉が渇く。

真ん中に大振りの種が入っており、この種を割って中の白い実部分も食べるらしい。
これはこのあたりのココナッツ(☜別の実の名前だったかも)と呼ばれているらしい。


食べると力がつくというジェスチャーをしていたので、このカチパイの実はタンパク質が豊富なのかもしれない。


 
    ↑この手にもってるのがカチパイ




    ↑後日フレスノで撮ったカチパイの実。赤いやつ




「日本食を作ってくれよ」

と頼まれた。
バナナをくれた青年クリスティアンのバイクに乗せてもらってフレスノまで買い出しに行くことに。


これは、この先どんな道を走るのか知ることができてとてもよかった。
ここから町までほとんどのぼり、距離にして10kmほど離れているらしい。

辛い道のりが待っているということがわかった・・・



クリスティアンは実家を離れフレスノで一人暮らししているらしい。
その家で一度着替えを済ませる。

てっきりあの実家にすんでいるものとばかり思っていたが、果物屋は毎日バイクで通っているそうだ。


それから買い物。

人数が多いと分量がわからないので、かなりアンバランスな買い方になってしまって申し訳なかったが、こちらの支払いは彼によって拒否された。




帰ってくるとすでに暗く、
「今日はもう作れないね」
ということで、ここの家の人が夕食を作ってくれ、それをいただく。



    ↑おばあちゃんが作ってくれたレバーのスープとトマトごはん。これがめっちゃうまい



ごはんをもらったあと、3つ上の写真に写っているカルロスが、

「俺の家にテントを張ればシャワーもあるから居心地がいいんじゃないか」

と言ってくれ、すぐ向かいにあるそちらの家へ移動。



きれいなバスルームがあって屋根のあるところにテントも張れて、本当に過ごしやすかった。

この日の夜は大雨が降ったので助かった。




家に泊めてくれたこの男性、カルロスは農家をやっているらしい。
地主に雇われ、果物を育てたり収穫したりしているんだそうだ。

次の日には敷地内の果物の木々を見せてくれたり、果物を見せてくれたり、家畜のブタにエサをあげたり、仕事の内容を案内してくれた。


夜に売り上げをパソコンに打ち込む作業も見せてくれたが、かなり良い利益を上げていた。

日本に比べるともちろん少ないが、コロンビアではかなり高いほうなのではないか。
ただパトロンがいるということなので、そこから相当な額が引かれると考えると、収入は画面で見るほど多くはないのかもしれない。




    ↑これ全部種類が違うアボカドらしい。こっちではaguacateアグアカテと呼んだり他にも(abogadaアボガーダとかだったかな?)色々呼び方があります。詳しくは忘れてしまいましたが、ラテンアメリカのスーパーや八百屋を回ってみると様々な名前が見てとれます。




最初にテントを張った本家(カルロスもクリスティアンもここの家族)へ行って、安楽椅子で昼寝してしまい、時刻は昼過ぎ。


カルロスの仕事を手伝おうとしたところ、クリスティアンがやって来て「それよりさっそく料理を作ってくれ」と言われ、カルロスには「もう1泊してもいい」と言われていたので、

もうね仰せの通りに。


今日の出発はキャンセル。
だってみんな優しいし。
居心地いいし。




キッチンを借りて調理開始。

作るものは親子丼といつものトマトスープ。
トマトスープは他に考えるのが面倒だったのでそれにしました。


こっちの鶏肉は全部骨がついているので、手伝ってもらい肉をはがす作業から。
ものすごく大変だった。

豚肉にするんだった。
こっち鶏肉高いし。



    ↑中学以来作っていなかった親子丼。なかなかうまくいった





完成。


量がわからなくて少なくなってしまったが、みんな喜んでくれたようでよかった。
でもトマトスープちょっと酸っぱかった…


これも含め、この日は4食も食べてしまったのだった。




その後の時間は、
ここの男の子たちとサッカーをして遊んだり、カルロス宅の女の子とホースを丸めたおもちゃを投げて遊んだり、
それから犬たちをなで回したりして遊んですごした。













この日かたづけてしまったテントを再度張ろうとしたところ、なんとカルロスがベッドのある部屋を用意してくれた。

寒いだろうからここで寝ていいよ、と優しい笑顔を向けてくれる。




次の日、朝からスコール。
朝食をもらったあと、今日は学校に先生が来る日だから行ってみようとカルロスに誘われる。

ここは町から距離があるので、先生は毎日来ないらしい。



さすがに今日は出ようと思っていたのだが、雨もひどいし、せっかくなので見学させてもらうことにした。



着くと同時にカルロスが授業をボイコットし、といっても先生も賛成してくれてる様子なのだが、

こちらの紹介から始まり、世界地図やこのあたりの地図を出して日本はどこにあるのか、この辺はどういう地形になっているのか、などの地理の授業に早変わり。


それから、彼らが一生の中で一度でも使うとは思えない日本語の授業が始まる。
ホワイトボードに日本語のアルファベット(ひらがな)を書いて一緒に読んでいった。



    ↑小学3〜5年生のクラス。一番左の女の子がカルロスの娘、左下の男の子が一緒にサッカーした本家の子




    ↑こんなのを書かされてしまった。これをもとに自分の名前をひらがなで書く子もいてとても賢い




    ↑こっちは日本で言う幼稚園〜小学2年までのクラス




    ↑先生が算数を教えているところを見学させてもらう。教えるのかなり大変そうだった




雨が上がったので、唐突だが今日出て行くことを伝える。

カルロスたちはいつものように優しい笑顔で送り出してくれた。



    ↑いつも逃げられていたカルロス宅のネコも最後には腹を出してなでまわさせてくれた




本家へも挨拶に行く。

セバスティアン達にさよならを言う。

おじいちゃんは「またいつでも帰っておいで」と言う。
おばあちゃんは「なんで行ってしまうの?ここはあなたの家よ」と言う。


まさにウルルン滞在記だ。


 












 



たった2泊3日だったが、かなり濃い日々を過ごした。

とても楽しかったので、別れるのは惜しい。




みんなに背を向ける。

さあ、出発だ。





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